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2003年9月
通算41号

薬木について
私はヒザがよくありません。日常生活に支障はありませんけれど、ヒザの体操をしないで1日の活動を開始するのは、少々不安です。実はマダムさんもヒザの具合がよくないようで、私のサポーターを貸してあげたこともあります。ある日、市場で薬木を売っているおばさんを見つけ、ヒザの痛みに効くという木の根らしきものを購入しました。それをマダムさんにあげて、私も少しもらって飲んでみました。
薬木を鍋に入れて煎じ出した液体を薬として飲みます。その液体は灰色がかった焦げ茶色なので、マダムさんはその薬を「ブラックメディスィン」と呼んでいました。とにかく一口飲んでみたところ、非常に苦いというか、喉にからみつく苦しさを感じました。液体を飲み込むと、瞬間的に喉の内壁に苔が生えたような(実際にはそんな経験をしたことはないですけれど)気がしました。頑張って3口飲みましたが、そこまででした。いまのところヒザの調子はさほど悪くないので、この薬を再び飲む必要性は当面ないだろうと願っています。(か)
ABOUT ROOT-MEDICINE. Madam-san (Baba-san's wife) has a knee-ache as well as I have, though to the lesser extent. One day I found a root-medicine seller at a market, who had some roots to mitigate knee-ache. And I bought it to Madam-san, who boiled the roots for her and for me too. Madam-san called the decoction (brewed water of the roots) "Black Medicine", because colour of the liquid was deep dark brown. The medicine tasted so bitter as to make me feel as if my throat got covered with moss for an instant. (K)

ガーナ・ダンスを見学しました
先日、補習校行事の一環としてガーナ・ダンスを見学する機会がありました。ダンスは結婚式の時や、農作物の収穫を祝う儀式などで踊られるようです。時折テレビで放映されているのを観ることはありましたが、実際に生で見学するのは初めてのことでした。
一見したところ、ひとつひとつの動きのパターンは単純ですが、太鼓に合わせて機敏かつ淀みなく踊る姿は素晴らしいものでした。また間近で聞く太鼓(ドラム)の音も、身体の中まで響いてきて迫力がありました。
さてダンサー達の模範演技のあと、基本の動きをいくつか教えてもらってみんなでやってみると、リズムにのって「かっこよく」踊るのはなかなか大変だということが分かりました。ガーナ人と日本人との典型的なリズム感の違いが身に染みてきました。とはいえ音楽に合わせて身体を動かし、汗を流した後はとても気分が良く、肝心の子供達より大人の方がすっかり楽しんだようでした。(子供達はどちらかというと、ダンスより太鼓の方に興味を引かれたようです。) (じ)
*左上写真をクリックすると動画が見られます。(Click the above-left picture to see a movie.) *
I COULD HAVE AN OPPORTUNITY TO ENJOY THE GHANAIAN DANCE at the event of Japanese Language School.
Although I have seen the dance on TV, I have never seen it in the flesh. The dance was so energetic and rhythmic with heart-beating sound of drums. After the performance, we had a workshop of the dance. I really enjoyed it and also found that marvelous dancing needed a lot of training. (J)

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2003年10月
通算42号

テテクワシ・ココア農園について
10月11日、マンポンという場所にあるテテクワシ・ココア農園(Tetteh Quarshie's Cocoa Farm)を訪れました。一説によると、1876年にテテクワシという名の鉄工職人が赤道ギニアから帰国する時カカオを持ち帰り、その3年後にこの地に植えたことからガーナのカカオ栽培の歴史が始まったと言われおり、約120年前当時に植えられたカカオの木が2本、まだこの農園内に残っています。
以前テマのチョコレート工場を見学したことがあったので(工場見学の記事はこちらから)、今回のカカオ農園訪問を楽しみにしていました。右上写真はカカオ豆から芽が出てきているのを撮ったものですが、実際にカカオが収穫できるようになるまでには、成長のはやい種類で2年はかかるそうです。また可憐なカカオの花を、初めて間近で見ることができました。薄紅色を帯びた黄色い小さな花が木の幹に咲いていました。あまりに小さすぎて、よく観察してみないと見落としてしまいそうなくらいでした。花が落ちると、そこからカカオの実ができます。実は長さ15センチくらいの紡錘形で、割ると中にはびっしりと白い種子が詰まっています。この種子がカカオ豆です。
熟したカカオの実を枝からもぎ取り、なたで割って中の種子を取り出してゆきます。それをバナナの皮で覆って約5〜6日間発酵させます。この発酵がきちんとなされたかどうかがカカオ豆の風味を大きく左右するようです。また中身を取り出したあとの殻は、石けん等の原料の一部として利用されるそうです。さて発酵が終わったら、今度はそれを竹の皮でできたマットの上に広げて、何度もひっくり返しながら天日干しをして十分に乾燥させます。それから麻袋につめて、やっと商品として出荷できるという訳なのです。これだけの手間暇かけてのカカオ豆生産ですが、話によるとこの農園のカカオ豆の年間売上高は約200万セディ(約3万円)だそうで、現金収入の面ではかなり厳しいようです。
生産高からいえば、ガーナはコートジボアールに次いで世界第2位のカカオ生産国ですが、最も良質のカカオ豆はガーナ産であると言われています。また、日本では「ガーナといえばチョコレート」という印象を即座に思い浮かべる人が多いと思われますが、実際にカカオを通じて日本とガーナは密接な関係にあるようです。日本はガーナから最も多くカカオを輸入していて、2001年度には輸入量全体の約75%がガーナ産であった、と言うことを補習校の生徒の一人が教えてくれました。(感心なことに、この日に備えてカカオについて色々と調べて来たようです。) (じ)

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2003年11月
通算43号

コブラの話
日本で「コブラ」という言葉を聞くと、十中八九、即座にあの猛毒を持つヘビを思い浮かべると思いますが、ガーナでもこの「コブラ」という言葉を日常で耳にすることがあります。といってもそこら辺に、この毒蛇がうじゃうじゃいるという話ではありません。
ババさん宅に住み始めてまもなくの頃、外出時に家の子供に「ゴーアンドカム(Go and come)!」と言われ、何のことが咄嗟に理解できなかったことがありました。(か)に尋ねてみると、文字通り「行って来い」、つまり「行ってらっしゃい」の意味で言っているのだと教えてもらい、納得したことがありました。またこんなこともありました。そうこうするうちに、ご近所で顔見知りのガーナ人が出来、道でであった時に挨拶をすると、私に向かって「コブラ!」とニコニコして言うのです。もちろん私の頭の中に?マークとともに浮かんだのは、頭をもたげたヘビのコブラちゃんであることは言うまでもありません。(左写真:エンカルタ百科事典2001)
このコブラという言葉もガーナ語で「行ってらっしゃい」の意味であることがすぐに分かりました。「コ」が「行く(go)」で「ブラ」が「来る(come)」とのことでした。両方とも日常で頻出の動詞です。トロトロの乗り合い場では、バスの乗客がよくこれを使っているのを見かけます。例えばビスケットを売り歩いている売り子を呼びたい場合は、「ビスケット、ブラ!」という感じです。また道を歩いていると、道端の店先に座ってしゃべっているガーナ人に「オブロニ、ブラ(白人、こっち来い)」と言われたりします。英語の命令形を多用して話す人が多いのに最初は違和感を覚えましたが、現地語のそれは何となくしっくりした感じがします。 (じ)

ラマダン明けにうどん。
ガーナでは、今年のラマダンは10月26日に始まり11月24日に終了しました。ラマダンとは、イスラム教徒の守る「断食月」のことです。ラマダン明けの25日はガーナ全体の祭日となり、ババさん家族も何人かがお祝いの祭典に参席するため「独立広場」に出掛けていきました。ガーナにはムスリム以外の人もたくさんいますけれど、それでも国全体が休みになってラマダン明けを祝うというのは、皆が宗教的に寛容なのか、それとも休めるものは休んでおこうということなのか、ちょっと気になります。でも3月のイースターというキリスト教の祭日でも国全体が休みになるので、キリスト教でもイスラムでも、大きな祭日の時は皆で休むということで、うまく均衡がとれているのかも知れません。
さて我が家では、ラマダンが明けた26日に、一応お祝いのしるしとして、ババさん家族に讃岐うどんをご馳走しました。(じ)のお友達が郵送してくれたうどんを「かけうどん」にして、試食してもらいました。皆がカメラ目線でうどんをすすっている写真も撮れました。うどんの「麺」そのものは「おいしい」と好評でしたが、やはり醤油風味の「つゆ」は少々抵抗があるようで、皆、残していました。でも、まぁ、ババさん一家にとっても、ちょっと楽しい経験になったのではないか、と思っています。(か)
On the 26th, WE TREATED BABA-san's FAMILY TO JAPANESE "UDON" NOODLES in celebration of the end of this year's RAMADAN. The family seemed to enjoy the noodles itself, which were made from wheet flour, salt and water, but to find it difficult to taste the "tsuyu" soup. The soup was flavoured with soy sauce (syouyu), which is a quite foreign seasoning to Ghanaian dishes. Anyway, however, I hope that tasting UDON noodles would be a pleasant experience for the family.(K)

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2003年12月
通算44号

ケンテについて
ケンテ(Kente)とはガーナの織物のことです。標準的な大きさは幅10センチ×長さ150センチ位の帯状の布で、数種類の色合いの糸で織られており、なかなか美しいものです。近頃は伝統的な模様の他にも、「GHANA」など文字を織り込んだものも店先で見かけます。
先日訪ねた店で聞いたところ、ケンテは職人ひとり当たり1日に2本くらいしか作れないとのことで、ケンテが他の布に比べて割高なのも頷けます。簡素な作りの織り機で色糸を交互しながら黙々と織り続けているのを目にしましたが、ただ個人的には1本仕上げるのに2〜3日はかかるだろうと想像していたので、予想よりかなり早く仕上がる手際の良さにすこし驚きました。
ガーナでは何らかの儀式の際に、このケンテ(或いはケンテ柄の布)が使われることが多いようです。たとえば、授賞式などで賞を受けた人の首に掛けられたり、また首長が儀式で着用する服にもよく利用されます。もちろん一般の人がシャツとして着用していることもありますが、いずれにしても衣服の場合はケンテ柄のプリント布がほとんどのようです。
ケンテで服一着分の布を確保しようとしたら大変ですし、何より費用がかさんでしまいます。それに加えてざっくりとした生地の風合いと手触りは、衣服の素材としては合わないのかも知れません。実際、本物のケンテでできた服を着ている人を見かけたことは無いですし、土産物屋でも生地を一部利用したバッグやポーチ、筆入れなどとして売られています。
しかし、ただのプリント地はもとより、前述の店でも扱っていた「アショケ」というナイジェリアの織物と比べてみても、ケンテの織り味の方が数段優っているように思いました。(じ)
(左上写真:右がケンテ、他アショケ /左下写真:Edward S.Ayensu "Ashanti Gold" より)
KENTE IS THE GHANA'S TRADITIONAL FABRIC, which is woven of colored cotton. A trader said that only two cloths of Kente are woven per artisan a day so that it is comparatively expensive but ,of course, it is quite beautiful.
Kente or a print with Kente-patterns is often used on a ceremonial function, for instance, as a cloth for a chief. (J)


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